リンポチェとビルマの花売りの少女

◎ケンツェ財団より

[ゾンサル・ケンツェ・リンポチェからのメッセージ]      2016年12月

「2016年が終わりを告げ、2017年を迎えようとしています。また申年が去り、今度は酉が鳴き声をあげようとしています。ここで私は、ボランティアをはじめ様々な形で善意を捧げてくれた、ケンツェ財団のすべてのサポーターの皆さんに、感謝の気持ちを表明します。皆さんの膨大な努力、時間、エネルギー、また寛大さと良き願いが、私たちにインスピレーションを与えただけでなく、私たちを成長させ強くしました。皆さんは非常に多くのことを助ける力を私たちに与えたのです。新しい年が皆さんすべてにとって、良きものであるよう、心からお祈りいたします。

 一方で、一般的な世界と私たち自身の、平和、調和、繁栄、そして正気は、ブッダの様々な教えの生き残りを通してのみ、達成できることを、私たちの全員に思い出させたいと思います。それゆえ、私たちは自身が望むべく修習を続けたいと思いますが、釈尊の教えの数々が維持され普及されることについても、私たちの一人一人が切望し、祈願したいと願っています。私たちを憎しみ、欲望、無知から遠ざけ、知恵と慈悲が不可分となるような祝福を、釈迦牟尼ブッダに心から祈ろうではありませんか。

 特にこの来るべき年には、私たちを外・内・秘密の次元における、あらゆる種類の病気、障害、障壁から守るために、聖タラ菩薩に祈願しましょう。汚染、病気、戦争、飢饉、そして災害の怒りから、愛する人や家族、そしてすべての子供たちを守りたまえと。地球上に平和が、私たちの家庭に平和が、そして私たちの心に平和がありますよう。」

         

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201611月17

最善の贈り物 -   ゾンサル・ケンツェ・リンポチェからの手紙


私たちが仏陀(覚者たち)や自分たちの師に捧げる最も優れた供養は、仏法の実践である、と過去のマスターたちは言われています。


私は皆さんがとても献身的で惜しみなく供物を捧げて下さる方々であることをよく知っています。しかしながら、今後世界の国々で催されるイベントに際して、私個人へのいかなる贈り物も下さらないようお願いいたします。


供養という伝統に従って何かを贈りたい、とあなたが強く望まれるのであれば、ケンツェ基金 84000 への援助をお願いいたします。

 

ケンツェ基金は、仏教研究の他、40の国々において何千もの僧侶、尼僧、在家信者そして学者たちの修行を援助しています。そして何百万ページに及ぶ仏教テキストの保存および出版への援助を行っています。また、84000は、現在カンギュル(チベット大蔵経、経典部)の英語への翻訳作業を進めている、何百もの翻訳者たちの援助を行っています。これらの翻訳はすでに238カ国の15万人の方たちによって読まれています。

 

ですから、あなた方がケンツェ基金84000を援助いただくことは、ただ単に私の希望や念願を叶えるというだけでなく、皆さんのお布施が真に有効な形で使われることになります。

 

逆に、供物が無駄になることを私は非常に心苦しく思います。しかしそれはしばしば起こってしまいます。最近私は色々な方から20以上もの違ったタイプのコーヒーメーカーや、数々のビタミン剤、腰痛の薬、鎮痛剤などをいただきました。しかし、これらの薬を私が今この瞬間に飲み始めたとしても、消費期限内にすべて飲み終えることは到底不可能です。

 

また、大量のチョコレートや中国茶などは大急ぎで消費するか、あるいは様々な場所に貯蔵しておきますが、しばしば山積みになったまま手付かずのうちに傷んでしまいます。実際のところ、それらは大きな場所を取るので、私には貯蔵する場所がありませんし、また旅行が多い私は自分で持ち運ぶこともできません。これらは、私がなぜ贈り物をきちんと尊重し感謝することが難しいと感じるのか、を示したほんのいくつかの例です。


しかし、供物を捧げるには他にも多くの良い方法があります。仏法を実践すること、そしてケンツェ基金および84000を援助してくださること、などの他にも、皆さんは自宅でロウソクを灯し、水やお香を供えることができます。また私が聖地巡礼や法要などを行う際には、法要に必要な品々を供養していただくこともできます。


この手紙において、私が少し失礼なことを申し上げた点をお詫びいたします。しかしそれは、皆さんからの贈り物を尊重し無駄にしないように望み、皆さんのお気持ちが真に有益に生かされますように、との私の思いから出たものであることをご理解いただければ幸いです。

- ゾンサル・ジャムヤン・ケンツェ -

 

(英語の原文:http://www.siddharthasintent.org/about-us-2/news/2016/the-best-offerings/)

 

 

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ロサル(チベットの新年)のメッセージ

ゾンサル・ケンツェ・リンポチェ  

(2016年2月7日)
                      
申年の新年を祝うすべての皆さまへのご挨拶

 

仏陀と仏法と僧伽、そして因縁果の法則を信頼しましょう。もしあなたが仏法僧に信を置くならば、例え麻雀に明け暮れようと、肉食や飲酒をしようと、チェーンスモーカーであろうと、あなたは仏教徒です。

他の人には思慮深く優しく接しましょう。あなたは他の人から優しくして欲しくはありませんか。それと同様に、他の人もあなたから優しくして欲しいのです。

人には惜しみなく分け与えましょう。お金やダイヤモンドといった物だけではなく、自らの時間や空間や情報なども分け与えましょう。

そして、「世俗的にどんなに頑張ろうともそれには終わりがなく、その努力に対して果報はほとんどどもたらされない」という仏陀の言葉をいつも覚えていましょう。ですから、すべてのことをきっちりやり終えなければならない、などというストレスにさらされぬようにしましょう。一時間先に何が起こるかはわかりません。ですので、この時間や瞬間を大切にしましょう。もしあなたが今一杯のお茶を飲んでいるとしたら、そのお茶が今生で最後のお茶であるかのように味わいましょう。

もしあなたが裕福になることを望むのであれば、満ち足りることを学びましょう。

もしあなたがエレガントで美しい人になりたいのであれば、礼儀正しく、自信を持った、親切な人になりましょう。ヴェルサーチやドルチェ&ガッバーナに頼る必要はありません。

あなたは他の人に自分の話に耳を傾けて欲しいですか。それならば、耳障りな言葉を使わず常に微笑みを持って会話を始めましょう。

あなたは次の世代の子供たちが幸福で成功するよう望みますか。それならば、彼らに「野望」「富」「目標」などの別の意味を教えましょう。

 

* 子供たちを甘やかさないようにしましょう。もし甘やかして育てると、大人になるにつれ彼らはまわりから隔たりを感じ、うつ状態になるからです。

* 子供たちを、早く大人になるよう急かすのは止めましょう。

* 子供たちに「競争に勝つことは非常に大切だ」と思わせないようにしましょう。

* 少なくとも週に一度は家で食事をしましょう。

* 物を買いすぎて、使わない物を何年もの間家にため込み、最後には捨ててしまう、などということのないようにしましょう。

 

しかし何よりも大切なのは、親が子供に教えることをまず自分自身で実践することです。子供たちに、礼儀正しく、優しく、人に好かれるようになりなさい、と言葉だけで教えることはできません。私たち自身がそうならなければいけません。一見些細なことも大切です。例えば、公共の場所あるいは電話口で大声で話をしない、とか、列に割り込みをしない、などということです。あなたが他の人からそうされたら嫌なように、他の人もあなたからそうされたくはありません。

また少なくとも一週間に1〜2時間は、計画を立てず流れに任せて行動をすることを学びましょう。なぜなら、休暇を取るための計画を立てることが、逆にストレスに満ちた面倒な仕事になってしまったりするからです。

最も大切なことは、これをただ読むだけでなく申年の第一日目から実践することです。

そして、これらのいくつかを行うことができた時には、短い昼寝をしたり、音楽を聴いたり、良い本を1〜2頁読んだり、といったご褒美を自分に与えましょう。そして、この踏み石によって、自分はすべての生きとし生きる者のための恐れを知らない下僕となるのだ、と自分に言い聞かせましょう。

 

(英語の原文はこちらです)
http://www.siddharthasintent.org/…/losar-message-from-rinp…/

 

 

丙申年ロサルへ向けてのリンポチェのメッセージ  2016年2月7日

芭蕉の句を読まれています。

 

without a hat
the winter rain falls on me
so what

笠もなきわれを時雨るるかこは何と

 

the year ends
while still wearing my cyprus hat
putting on straw sandals

年暮れぬ笠きて草履はきながら

 

new year's festival
I'd like to celebrate in the capital
with a friend

子の日しに都へ行かん友もがな

 

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 失った見張り番  2016年1月5日

 

チャテル・リンポチェのご入寂についてリンポチェからのメッセージ。

 

チャテル・リンポチェがお亡くなりになったことは、一つの時代の終わりを意味します。私たちは突然、仏法の見張り番を亡くしたのです。彼は仏教の中でも特にヴァジュラヤナの、チベット仏教ニンマ派の教えを熱心に守護されてきました。

 

「チャテル」という言葉は、世俗一切を捨離し修行に生きるヨギ、という意味を持ちます。通常、名前は単なるラベル(符号)として付けられますが、今回亡くなられたこの方の「チャテル」というお名前は、単なるラベルではありませんでした。彼はチャテルという言葉を、真の意味で体現された方です。

 

102年を超えるその長い生涯において、この方は大変多くを成し遂げられました。偉大な方々と交流を持ち、指導者の中の指導者と成られたのです。この方をグルとみなし教えを受けた者たちの中には、第14世ダライラマ、テンジン・ギャツォを見つけ出した第一人者であるヨンジン・ギャルツァブ・ラデン・リンポチェもいます。しかしそのような方であったにも関わらず、彼は僧院や学院、それに仏教センターなどを誇らしげに建てることはありませんでした。彼の周囲には、金で装飾された屋根や玉座などと言った大袈裟なものは見当たりませんでした。彼は真の意味でのチャテルでした。

 

しかしはっきりと言えることは、私のように大口を叩き、目障りな姿を人目にさらし、世界の隅々まで旅して回るようなラマたちは、一見瞑想マットを暖め続けること以外何もしなかったように見えるこの方に比べたら、何も成し遂げていない、取るに足らない存在だと言うことです。

 

そして彼が行動を起こす時には、自分の持てる財産の99.99%を、動物たちの命を救うために費やしました。ですから、私たちのような無知な者が悟りに達したこの方の偉大さを表現しようとするのは、ちょうど大空の深さや広さを測ろうとすることに等しいと言えるでしょう。

 

しかしここで、私がこの方に関してわずかながら知っていることをお話しするとすれば、次のようなことです。仏教は大きな試練にさらされています。その一つには、多くのイカサマ指導者たちによって仏教のイメージが酷く損なわれているという点があります。しかし、その負のイメージは、品行方正で、穏やかで礼儀正しく道徳的な雰囲気をまとい、誰の気分をも害さないような人達によって、払拭されるのかもしれません。しかしこのことはしばしば、より一層覆すのが難しい更なる挑戦を私たちに突きつけます。それはどういうことかと言いますと、正しく礼儀にのっとり道徳的な行動をし、人々の気分を害さないように耐え続けることは、人を体面的な正しさの犠牲者にし、偽善的にするからです。

 

私のこれまでの限られた人生のなかで、反偽善的な人に出会うことはそう多くはありませんでしたが、彼はその内の一人です。彼は非常に本気で、絶対に譲歩などせず、もちろん仏法の言葉一言に対してでさえ、金銭の代価を受け取ることはありませんでした。また、力に屈することを度々拒否しました。

 

彼は私たちのような多くの偽善者たちを震え上がらせました。彼がシリグリとパルピンの間のどこかで生きておられ呼吸をされていると知るだけで、私たちの心臓は震えました。彼は晩年誰とも面会されませんでした。私自身、面会を20回以上も断られました。しかしただ彼がこの地上に存在していらっしゃるというだけで、偽善は打ち砕かれたのです。

 

この方に私たちの礼と敬意を表し嘆願するため、我々弟子たちは、特に今月中、魚など生き物の放生を行いましょう。

 

2016年元旦

*ゾンサル・ケンツェ・リンポチェより新年のメッセージ*

 

この新年にあたり、私の友人達すべてに「仏法がこの世に繁栄し存続し続ける」ことを心の底から強く五秒間願うようお願いします。そのようにただ欲し願うだけで結構です。灯明を灯したり、お線香を燃やしたり、合掌したり、真言を唱えたり、座って瞑想したり、といったことはお願いしていません。ほんの短時間であれ、私たちが大勢で、仏法が栄え存続し続けるよう真摯にはっきりと心の底から望むことが、仏法の繁栄と永続と強化にとっての鍵なのです。

 

それはなぜなら、仏陀がまだ菩薩であった頃、彼自身が大変な困難に耐え多くの苦境を乗り越え 修行を成就したからです。しばしば菩薩は自らの幸福を犠牲にし、自らの行動によってもたらされる力を、将来己の仏法が繁栄するために捧げたのです。

 

病む者のために菩薩は自らの食べ物を与えました。菩提心を説く一言のために、菩薩は自分の子や妻そして富を放棄しました。また、一言の真実の言葉を聴くために菩薩は苦行をし、真実の語り手、出家者、阿羅漢たちに敬意を表して崇拝し供養を捧げました。

 

大海のような永劫の時にわたり、菩薩は衆生すべての悟りのために、自らの命を真実の探究に捧げたのです。この目的のために菩薩は、教えを聴くこと、学ぶこと、自らを律すること、十方の仏陀たちへ供養を捧げること、などを片時も怠りはしませんでした。

 

慈悲の心により、菩薩は自らの最も大切な肉、骨、血、手足、身体の様々な部位を与えました。菩薩はこれらの功徳の力により、仏法が栄え存続することを切望したのです。

 

菩薩は大変な困難に見舞われながらも、その完璧な寛大さにより、全ての衆生を三乗により導き仏法を授けました。彼はできる限りの方法を用い、衆生を感情の炎から救済し、悪徳を打ち負かし、豊かな徳を享受できるよう手助けしました。そして菩薩はその最大限の努力を持って、衆生を誤見(*この世の有り様に対する誤った理解)の牢獄から救済し、正見(*正しく真実を見ること)への正しい道に導いたのです。菩薩の心には、仏法が栄えない、という疑いは微塵も無かったのです。

 

 仏法が今後確かに繁栄し存続してゆくための鍵は、私たちが「仏法を欲すること」にあります。ですので 親愛なる友人の皆さん、繰り返しになりますが、2016年の初めにあたり、皆さんが「仏法が繁栄し存続し続ける」ことを、ほんの数秒間強く思ってくださるようお願いします。もし私たちが調和や平和そして繁栄への願いを持つならば、釈迦牟尼の教えが必ずや広まってゆくでしょう。 

リンポチェ来日講演 in 東京

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■ リンポチェからのメッセージ

2016年12月29日

 

■  最善の贈り物  

リンポチェからの手紙

2016年11月17日

 

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